Bari バーリ

 バーリはプーリアの州都でアクセスの玄関口。バーリ中央駅には、2つの私鉄が乗り入れている。
SUD-EST線(アルベロベッロへはこれで 中央駅構内の一番端のホーム)
FAL線(マテーラへはこれで バーリ中央駅を出て噴水広場を正面にした左手方面)


駅前広場(アルドモーロ広場)には大きな噴水がお出迎え。噴水の向こうからはまっすぐ一本に伸びるVia Sparano da Bariは遊歩道でのんびり散歩ができる。駅から歩き始めると公園があり、公園が終わる頃からは、ビトンやグッチなどの一流店もある、ショッピングストリートが始まる。お店のラインアップも、イタリアの有名どころのブランドはほぼここで見つかるくらい、充実している。アールヌーボーの香りがするヨーロッパ調の美しい建物が並び買い物が楽しめそうな雰囲気だ。約1Kmに及ぶショッピングストリートのVia Sparano da Bariが終わるとCorso Vittorio Emanueleに突き当たる。
 

この先がバーリの一番の見どころ歴史的旧市街地区に入ることになる。先ほどまでの雰囲気と違い、基本的には路地の交差する旧市街地なので、治安の面でいつも以上に注意が必要だ。

● バーリの歴史的旧市街地区を歩こう

 古代ギリシャの植民地として、ビザンチン帝国の支配下だったりと、イタリアと東(オリエント)を結ぶ港街として、バーリは重要な土地であった。や旧市街地の道は地図で見ると良くわかるのだが、クモの巣の様に不規則になっていてちょっとわかりづらい。旧市街地観光は解りやすく、ズヴェーヴォ城から入ってみよう。

路地を入ると、​
地元の女性が器用に伝統の手打ちパスタ、オレキエッテを作って乾かしていたり、洗濯物を干していたりして、生活感が漂う。バラ窓のあるカテドラルと後方にはその鐘楼が見える。その丸い壁の鐘楼から伸びるカルミネ通りを歩くと、旧市街地区一番の見所、聖ニコラのバジリカがある。バジリカの後方はもう、海沿いの外周道路ViaAugusutoImperatoreだが、この旧市街地の海側をぐるりと取り囲んでいるVia Veneziaをのんびりお散歩することをお勧めしたい。

バジリカの後方にある階段を上がると、ViaVeneziaだ。ぐるりと道沿いに歩くとロカーレ(食前酒などドリンクなどを楽しむ場所)が並ぶPiazza Ferrareseに出る。広場の建物では、野菜などの朝市が行われる。

● 旧市街地の見どころ

ノルマン人支配下の元、1100年に建設された。ファサードや外部はプーリアロネスク様式で建設され、内部は三身廊でバジリカスタイルになっている。この教会の中には、聖人ニコラの遺骸が祀られている。教会の一番奥にあるCiborioと呼ばれる聖体祭壇は1150年より前のものでプーリア州の中で最も古い。八角形の天蓋を支える四本の柱は大理石で、後方と前方では色が違う。
Criptaと呼ばれる地下礼聖堂は聖ニコラの聖遺物が祀られている。後陣アプシスの一つはカトリックとはまた違う「正教」信者のために作られているものだ。なので、この教会は、正教信者の巡業地として、常にロシアやギリシャ方面からの観光客で賑わっている。聖ニコラのモザイクは素晴らしく、使われている石は東方諸国をを始め、いろいろな国の石が使われている。

聖ニコラは現トルコの司教でSanta Claus = サンタクラウス で、クリスマスの時にプレゼントを配り歩くサンタクロースのルーツだと言われる。
3つの慈悲、貧しい3人の娘へお金を送り(煙突から投げ入れた)を幸せな結婚へ導き、貧困で売られそうな子供を助けた、塩漬けの子供を蘇らせたなどのエピソードが残る。

ズベーヴォ城(Castello Svevo)

旧市街地に隣接した場所に位置する。1131年ノルマン支配下の元ルッジェーロ王により建設される。その後1233~1240年にかけ、Guglielmo il Maloの時代に受けた被害をホーエンシュタウフェンのフェデリコ二世が改築し、更に16世紀に入りスペインのアラゴン家支配下の元、イザベラ女王による外堀や中庭などの構築が行われ、上から見ると星の形のようにジグザグに城塞化された。

ホーエンシュタウフェンは神聖ローマ帝国の王朝でsvevoとは、ホーエンシュタウフェンのという意味なので、イタリアにはホーエンシュタウフェ
ン家の建てた城がいくつも現存していおり、svevo城も幾つかある。

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